光と耳と言葉。老人ホームで働いていたときの体験談

目と耳の不自由な100歳代後半のおばあさんがいました。右の耳は聞こえますが、左の耳はほとんど聞こえていません。眼も、一日のほとんどの時間閉じてしまっていて、開くことはあまりありません。

今日はそんなおばあちゃんと、老人ホームに勤めている1人の女の子の話です。

日々に感謝するおばあちゃんが言ったこと

いつも目を閉じているおばあちゃんですが、それでも廊下にでて、カーテンを開ければ『おお!眩しい!』目を閉じていても光は感じることができるようです。

お風呂に入れば、『気持ちいいねぇ~あったかいねぇ~』感覚も、言葉も、とてもとてもしっかりとしています。

『今日も生きていることができてありがたい』『ごはんがおいしくて幸せだ』生きていることに毎日感謝する、そんな素敵な人です。

女の子は、いつも元気な子です。耳の不自由なおばあちゃんのために、聞こえるほうの耳に口を近付けて、はっきりと声をかけます。辛いことがあっても、みんなの前ではいつも笑顔で元気でいる子です。

おばあちゃんはいつも女の子に言っていました。『あんたの声は良い』『あんたの声は鈴の鳴るような声だ』『あんたの声が大好きだ』

女の子はそのたびにいいました。『ありがとう、あなたの声もとても素敵ですよ』女の子は心からそう言っていたのです。

ある日いつものように、おばあちゃんは女の子に言いました。『あんたの声は鈴の鳴るような声だ』『あんたの顔が見たい。顔を見せておくれ』

女の子は少し考えたあと…指先でおばあちゃんの片目を少し開けて、頬を寄せ、自分の顔を見せてあげました。『顔、見えますか?』

すると、おばあちゃんは言いました。『あんたは声だけの方がいい!!』『顔は見せないほうがいい!!』

女の子はショックを受けながらも、大爆笑でした。

いい話だと思った人本当にごめんなさい!これ私が老人ホームで働いていた昔の話なんだけど、ひどくないですか。顔面全否定されました。声は褒められてるんですけど、顔めっちゃ否定されてしまいました。

お年を召して、身体機能が不自由になってくると、感覚がとても研ぎ澄まされるそうです。呼吸をし、わずかな光を感じ、幸せを感じていたおばあちゃんのことが、私はとても大好きでした。

おばあちゃんから学ぶことは、生きることの基本なようでとても難しいことのようで、接していく中で学ぶことがとてもたくさんありました。

そんなおばあちゃんに「声だけの方がいい!」と断言されたことは、あれからずいぶんと大人になった今も、私の心に印象的な出来事として残っています。